令和元年の思い出ということで綴っていこう。この記事は書きかけだったものを掘り起こしている。コロナ禍以前のもので今読むと呑気だなと思える部分もある。
夏にエビアレルギーによるアナフィラキシーショックを発症した。
自力で動くのが難しい状態に陥ったのでその記録を残しておく。
中華料理の生っぽいプリプリ感たっぷりのエビ
同居人と趣味であるハイキングに出かけていた。
本格的な登山ではなく運動習慣の一つとして近所の低山を1、2時間歩くだけ。よく晴れた日だったが梅雨の半ばであり山の中は涼しくて気持ちが良かった。山腹の展望台から住んでいる街を一望して帰る。
帰宅途中に混んでいる時間を避け、13時以降のランチタイム終盤に昼食を取るいつものパターンだった。
その日選んだお店は中華料理屋さん。ハズレが少なく量も適度でお気に入りの店の一つだ。
基本的にはランチメニューを選ぶ。
エビというかエビチリがよくないなということはなんとなくは自認していた。一度横浜の中華街で生っぽいつるんとした見た目でプリップリのエビチリ系を食べたとき、帰りの電車で痒みに襲われたことがあった。
以来エビチリは積極的に頼まないようにしていた。
自分が積極的にエビチリを頼まないだけで誰かが頼んだものをもらったり、唐揚げにエビ天、お寿司やかっぱえびせんに至るまで他のエビ料理はとくに避けることなく普通に食べていた。記憶にある限り痒みに襲われたのは中華街の1回限りで10年近い前の話だ。
話を戻すとそのランチのメインディッシュが揚げものだった。美味しそうな大きい唐揚げっぽい食べ物が3つ。その揚げ物の中にプリップリ系のエビがチリったソースとともに入っていたのだ。
熱々のソースが濃厚で美味しかった。ご飯が進んで満足。食べた瞬間も食べ終わって店を出るときも異変はなかった。
帰宅途中に発症 立っていられない
同居人は続けて買い物に行くということで、自分だけ歩いて帰ることにした。自宅まで4km弱の距離。ハイペースなら40分もあれば着く。
動ける格好だし腹も膨れたのでもう少し歩いておくかという気分だった。
しばらく歩いたところで異変が発生した。
痒くてたまらなくなったのだ。帽子をかぶっていたのだが帽子のフチ、スベリ辺りが異常にかゆい。締め付けられてる感じがする。発狂しそうな感じ。
まず思い至ったのは熱中症だ。山の中は涼しくとも外は夏。日差しも強くて歩いて帰るのは調子にノリすぎたかと後悔した。
「やってしまいましたなぁ」と考えていたのだがどうにも痒みが止まらない。
腕をよく見ると蚊に刺されて膨らんだようなブツブツが無数に浮き上がっている。顔を触ってみると同じように凹凸が発生している。蕁麻疹だ。
ここで気づいた。
「あ、エビだわ」「やっぱエビアレルギーだったんだ俺…」「あれプリップリしてたもんなぁ…」
半分程度の距離まで来ているのだが、もう歩くのがしんどくなってきた。明らかにおかしい。高熱状態でもここまで動けないことはなかった。
近くに駅がある。あと1区画200mと言ったところ。駅まで迎えに来てもらおう。
「ごめんけど、急に体調が悪くなって動けなくなった。アレルギーが出たっぽい。駅にいるから来て欲しい」
と同居人に電話をした。
電話が繋がったのはラッキーだった。すぐに来てくれるとのこと。
しかしその200mのなんと辛いことか。
駅に居ると言った手前なんとしても辿り着かなきゃと焦りがあった。入れ違いになるかも知れないがロータリーにはタクシーもいるし最悪なんとか出来るという希望とともにスローペースで足を動かしていった。家までならあと2時間は必要な感じだ。無理だわ。
なんとかヨボヨボとロータリーにたどり着いた。
自動販売機でスポーツドリンクを新しく買って、飲みながら同居人のお迎えを待つ。このあたりが一番キツかった。
立っていられないのでしゃがみ込んだ。
美しい視野狭窄の世界
しゃがみ込んでスポーツドリンク片手にタオルで顔を覆う。
動ける格好だったのもあり「暑いのにハードなジョグしてゼエゼエ言ってる張り切りすぎた奴」にしか見えなかっただろう。
そしてなぜかそのように見えるよう振る舞った(つもりだった)。 普段しゃがんで人まってる人間などいない場所だし、行き交う人に急病人と思われて迷惑かけたくないという意識が働いているのだ。アカンですね。
しゃがんでいれば楽になるという訳でもなく立ち上がって待つ力もない。
「あぁヤベえな」「二度とぷりっぷりのエビは食わない」などあれこれ考えてるうち同居人が来てくれた。
立ち上がって車に乗り込むまでが大変だった。数メートルが異常に長い。
「さっきまで山登ってたのに、2kmは歩いてきたのに。なんということだ。アナフィラキシーショックはヤバすぎる。エライわー」
などブツクサ思考しながら普段は使わない車の後部座席に文字通り転がり込んだ。
同居人に腕を見せたらすぐに状況を理解してくれた。ひとまず安堵。とりあえずこれ以上の悪化に備えて近くの病院に向かって車を走らせてくれた。ありがたい。
忘れられない景色 視界に異変
車に乗るために急に立ち上がったのがまずかったのだろうか?
視野が狭くなってくる。視界からだんだん色がなくなってくる。世界がグレースケールになっていった。昔のパソコンの画像処理みたいに荒っぽい。色はところどころ青が残っているような状態。
「目が見えなくなってきた」「すごい世界が青い」「目にフィルタかかってる」「エビうまかったんだけどな」などと話しかけていた。同居人は「いいから黙ってて」と窘めてくれる。
意識はまだはっきりしていたけど、この視界じゃもしかしたら直に落ちるかもという不安もあり言葉を発するようにしていたのが半分。
もう半分は少し興奮していた。
青白黒の色情報の少ない街の景色が本当に美しいのだ。この美しさ、見たことがない綺麗な景色を伝えたかった。「目ってリアルタイムに画像処理かかってるんだな」とか言っていた。
ただ舌が腫れてるのでうまく喋れてなかったのだけど。
落ち着きを取り戻す
青白の世界は1、2分で収まった。あの綺麗な世界は良い記憶として残っている。今年見た一番の景色だった。
そこから徐々に復調していった。蕁麻疹もスーっと引いていった。
病院はまだ診察時間外だ。とりあえず隣のコンビニで栄養ドリンクとか色々揃えてもらい時をつぶした。体は良くなり、動けるようになった。
休んでもどうにもならない感じも消えたので帰宅することにした。もちろん再度歩くことはせずそのまま車で帰ってきた。
残り一日中、スマホをポチポチしながらエビアレルギーの情報をググりながら安静にして過ごした。
発生した症状
「中華料理店で美味しいエビ料理を食べてアナフィラキシーショックを発症しました」という内容なのだが、長くなってしまった。
発生した症状は以下の通り
- 蕁麻疹
- 視野狭窄
- 動けない
- 舌の腫れ
ただ舌の腫れだけは残っていて翌日までうまくしゃべれなかった。
色々ググったなかで 食物誘発性運動依存アナフィラキシーという言葉に行きついた。なるほど運動とセットでアレルギー症状が誘発される場合があるのか。
アナフィラキシーは最悪死に至る。今回は早い段階で自分で気づくことが出来、すぐに迎えに来てくれる助けてくれる人がいたのが幸運だった。
エビを食べていない
さてアナフィラキシーショック以降、エビはもちろん口にしていない。
しかしながらエビは旨い。視認できるだけでも様々なものに入っているのだ。チャーハン、チャンポン、チャーハン、寿司、天ぷらの盛り合わせ。何を頼んでもエビが潜んでいるので地味にめんどくさい。
特に外食で困る。メニューから選ばない、一緒に食事している人に頂いてもらうなどして乗り切っている。ダシなどに使われているものについては避けきれてないかもしれない。
散々な目にあったが一方で、無事に回復できたバイアスは認める上で今回の体験は非常に良かったと心の奥底で思っているのは否めない。
改めて思い出してもおかしくなった視野を通して見る世界が美しかったのだ。多分一生忘れないだろう。ヤバイ、ヤバイと思いつつあの世界に心惹かれるのだ。