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Apple Watch が物欲を刺激してくる。でも買わないと決めた個人的な理由。

時事


4月24日、ついに Apple Watch が発売を迎えました。
流行に敏い方たちのブログや、ニュースサイトでレビューが盛り上がってます。

僕も気になって Apple のサイトで色々と確認しました。特にスタイリッシュな紹介ムービー。あれはほんとズルいです。「おお~、すごいなあ」とか頷きながら、10分間、集中して見ちゃいました。このまま予約するべ! と注文の手続きに向かう人も多いと思います。

しかし、僕の見解は「今は買わない」です。

ファーストロットは不安定だし、次のリリースで性能が倍になったものがすぐ出るし、時計を見る姿勢で操作するのって腕が疲れそう、毎日充電大変そう。ファッションとして使いこなせるの?とか、時計としてまともな値段するのに、iOSのバージョンアップで2,3年で置き去りにされるんじゃないの? などなど不安がいくつか浮かんできます。

ただ、これらの不安は買わないと決めた本質的理由ではないんです。

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Apple の製品ってのは実際に手にすると、いつも不安の上を行くんですよね。とても気持ちの良い使用感、形状、そして全く新しい経験と価値を提供してくれるんです。iPodiPhone の歴史が証明するように、僕が持つような心配はすぐに払拭される。恐らく今回もそういうプロダクトだと思います。(うーん。Appleの良さ語る時って、そのつもりはないけど信者っぽくなるのは何故なのか?)

ではなぜ?今回は見送るのか。一番の理由は、もっと個人的で非合理的な感覚との対峙によるものです。

 

それは「高いわりに小さい」ってこと。
 

はあ、何言ってるの?と思われるかもしれませんが、この値段のデジタルデバイスにお金を掛けるならば「もっと大きくて、ずっしりとした重さのあるものが欲しいな」という感覚があるんです。ある種の貧乏性なんでしょうか。おおげさだけど、重厚長大大艦巨砲主義のようなものかも…。

非合理的で時代に合わない感覚なのは承知の上で、「ある程度の値がはるデジタルデバイスにしてはApple Watch はサイズと重量が物足りん。なので買うにはいたらない」という結論です。

うーむ。自分の中で何か似たような感覚ないかなと考えてみると新幹線が思いあたりました。あれ結構な料金するじゃないですか? どうせ同じ距離乗るなら、のぞみ より、 ひかり のほうがいい。できれば長い時間乗って新幹線を楽しみたいという感覚。(でも こだま で乗り継ぎはさすがにめんどいので却下)これが近いです。
 
なにか共通点があるとすれば…、「無駄が好き」ってことかも知れませんね。
 
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上記の考え方は、Apple Watch を「デジタルデバイス」として捉えてるから生じる訳です。では「腕時計」とした場合はどうでしょう? サイズは問題なさそうです。デザインも好みでかっこよろしい。

 

ただ、腕時計となると、また別の個人的な問題が発生しちゃうのです。
 
それは紛失。過去なんども腕時計を何処かで無くして、泣くはめになった経験があります。原因はだいたいお酒なんですけど。そのため、時計は消耗品!の精神の元、紛失しても泣かない値段のものを身につけるようにしています。Apple Watchは泣く価格帯ですので、普段使い出来ず箱に入ったままになるかなと…。

ここまでを簡潔にすると「ちいさすぎるし、腕時計よく無くしちゃうからいらない」ってことか。はい、まるで小学生なみの理由ですみません。

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そもそも「デジタルデバイス」と「腕時計」という2元論で捉えるのがまちがい。時計でもデジタルデバイスでもない、新しいウェアラブルな道具。それが Apple Watch だと思います。
 
近年もデジタル製品は続々と世に出されて浸透を続けてますが、大体が2010年頃までに出てたものの性能進化であり、ほんとうに新しいものってここ数年無かったと思うのです。あらかた出尽くしたのかな? と思ってたところでの Apple Watch。これは発明と呼ぶにふさわしいインパクトを受けました。多機能時計やiPhoneの周辺機器に終わることはないと断言できます。

と、また信者っぽさが顔だしてきたので、ここまでで締めといたします。 

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おまけに。僕が使ってる紛失しても泣かない程度の時計の一つが、カシオの名作データバンク。デジタル表示に無数のボタン、Apple Watch 同様、限りない未来を感じるそんな時計です。但し、形だけ。

 

 

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もちろん操作がめんどくさくて、そんな機能ただの一回も使ったことはありません。